「442」とすずきじゅんいち

今日、ロスに住む映画監督のじゅんちゃん(すずきじゅんいち)から次のようなメッセージが届いた。

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僕の作った映画「442」がロスのリトル東京で公開が始まりました。
長い期間熱心に、この映画の取材をしていたNHKロス支局長か ら連絡があり、NHKで流される番組の時間が分かりました。 8月5日の午後10時からBS1の「BS 今日の世 界」という番組での放送になるようです。

一方、毎朝放送の「おはよう日本」では、8月9日から15日の終 戦記念日の間のいずれかの日程で放送したいそうです。(朝6時の 後半の時間帯だそうです) 8月7日のロサンゼルス近郊のアーバインの映画館での上映に今回 の映画の主要な登場人物の清水さんご一家が見に来るので、それも 取材し、入れ込んで流したいとの事でした。 ともに4~5分の映画紹介です。

ついでながら、東京国際映画祭に招待されました。 前に映画祭のお手伝いをしたので出してくれるのでしょう。 日本では、11月13日から新宿のK’sシネマで公開になると思います。

ついでながらマウイ映画祭で観客特別賞をもらいました。 完成してすぐ出した映画祭でした。

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(この映画の紹介をユーチューブでご覧下さい)

http://www.youtube.com/watch?v=kjwmm_5--hU

http://www.youtube.com/watch?v=JDn5eihQToM&NR=1

じゅんちゃんは去年「東洋宮武が覗いた時代」というドキュメンタリー映画を撮った。そして今年その二部作とも言える「442」という映画を発表した。商業映画ではないからきっと大変な思いをしながら完成したに違いない。この二つの作品とも、当時の事を知る人達が高齢になり、今撮らなければ、、、という、じゅんちゃんの使命感と正義感がなさしめたものだと言える。そして、奥さんである榊原るみさんの内助の功を切り離すことはできない。二人とも再婚同士だが、いい伴侶を見つけたな、と友人として心から嬉しい。

じゅんちゃんは飄々としているように見えるが実は心に熱い血がたぎっている。弱いものに対する愛情と、権威に対する反骨心を持ち続けている。それがじゅんちゃんの映画作りの原点だと思う。

10月ごろに帰国すると言ってたけど、忙しいんだろうな?あちらこちらで取材や舞台挨拶が予定されてるはずだ。果たして清水に来れるかな?

じゅんちゃん、マウイ映画祭での受賞を祝って「末廣鮨」に招待するよ。るみちゃんと二人、何とか時間をやり繰りして遊びにおいでよ。待ってるよ~



  


2010年07月30日 Posted by 臥游山人 at 23:33Comments(11)交遊録

七夕と鰻

昨日から義母のお見舞いに東京に行ってきた。昼前に自宅を出て、三時前にカミさんの実家に着いた。いや~暑かった。クーラーを強めにしてもらい一息ついたところで、南千住まで出掛けた。

カミさんの従兄と駅で落ち合い、三人で向かったのは「尾花」という鰻料理の店だった。線路沿いの人通りの少ない路地を暫く歩いていたら、突然人の群れが見えだした。「あそこが尾花よ」とカミさんが指さした。その先には軽く百人を超える人達が道路まではみ出して並んでいた。この店は並ぶことを覚悟しなければいけないらしい。

取り敢えず行列の最後尾に並んだ。時間は夕方5時をちょっと過ぎたばかりだ。仲居さんがメニューを持って確認に来た。ここで注文をしたらもう追加は出来ないという。鰻重を注文したついでに何時間かかるか聞いてみたら二時間はかかるという。言葉は慇懃無礼だが、嫌なら帰ってもらって結構ですよ、と言わんばかりの態度がありありで些か鼻白んでしまった。

カミさんが「どうする?」と聞いてきたがオレは即座に「待つよ」と答えた。そう!オレは待つのが大嫌いで、どんな美味しいと評判の店でも10分以上待てない短気な男である。そんなオレが待つと言ったのでカミさんも怪訝な顔をしたが、今日はどうしても待たなければならない理由があった。

義母の入院している病院で、患者が七夕の短冊を書いて院内に飾ったそうだ。みんなが早く元気になるようにとか、早く退院できますように、と書いてる中で、義母の短冊が一人異彩を放っていて話題になったそうだ。短冊にはこう書いてあったという。

「ウナギが食べたい」

それも「尾花」の鰻だそうだ。それを聞いてオレは思わず噴き出したが、義母の生きる力の強さを見事に表している話だと思った。だからどうしても鰻を買っていかなければならない。2時間だろうが3時間だろうが待つ覚悟を決めていた。

オレ達の後ろに10人ほど並んだところで仲居さんが「本日売り切れ」の看板を持ってきた。それでも次から次に行列に並ぼうとやってくる。そして看板を見て、恨めしそうに帰って行く。まだ5時30分だ。オレ達も10分遅れたら危なかった、、、それからホントに2時間並んだ。ひと組出ればひと組入る。オレは義母の為にジっと耐えた。

案内されたのは道場のような広間だった。そこに小さなちゃぶ台が並びみんな座って食べる。東京はこういう店が多い。確か神田の蕎麦屋や鳥すきの店もそうだったし、浅草のドジョウ屋も森下のさくら鍋の店もそうだった。

さっそく、さっそく、ビールと鰻ザクと鰻巻を注文する。凍る寸前のギンギンに冷えたビールが運ばれてくる。それを飲みながら食べた鰻ザクと鰻巻は思ったよりはるかに美味い。オレは冷酒を追加した。思わず白焼きを食べたくなったが、もう追加の注文は出来ない。

40分程待って鰻重が運ばれてきた。全く焦げ目のないきれいな蒲焼がご飯の見えないほど並んでいる。オレは少し焦げ目のある方が好きだけど、ひと箸食べてみて驚いた。タレは甘目を抑えたオレ好み、しっかり蒸してあるのでびっくりするほど柔らかい。オレは一気にかっ込んだ。2時間ちょっと並んで、1時間ちょっとで完食。義母へのお土産をしっかり持って上機嫌で帰宅した。

今日は昼の1時頃にカミさんと病院に出かけた。義母はオレの顔を見て嬉しそうに微笑んだ。思っていた以上に元気だった。余り自分から喋ることはないが、話しかけるとうなずいたり簡単な言葉で答える。とてもこの前まで生死の境をさ迷った人とは思えない。

それでも看護師さんに聞いたら余り食べてないようだ。「鰻買ってきたよ」とカミさんが言ったら目が輝いた。みんなから良かったね~と言われ、一気に顔がほころんだ。夕食の時にカミさんが食べさせるように病院の許可を貰った。

それから2時間ほど病院にいて静岡に帰ってきた。天神屋で弁当を買い簡単な夕食を済ませ、カミさんに電話した。「どう、鰻食べた??」「喜んで食べたよ!」オレはふと思った。もしかしたら鰻を美味しく食べるために今日はあまり食べないでいたのかな?と、、、

さぁ、今日もまたまたプシューっと乾杯だ!!



  


2010年07月20日 Posted by 臥游山人 at 00:05Comments(0)日々雑感

人間国宝

北の方に黒い雲があったが、空の大部分を、突き抜けたような青空が占めていたので「梅雨が明けたな」と思っていたが、案の定東海地方も梅雨明け宣言が出された。昨夜は全英プロを3時過ぎまで見てたのでやや寝不足ではあったが、気持ちよく朝の散歩をしてきて、どれどれと朝刊を広げていたら目出度い記事が飛びこんできた。

オレの陶芸の師である加藤孝造先生が人間国宝に答申されたという記事だった。オレは高校を卒業してすぐ、岐阜県多治見市にあった岐阜県立陶磁器試験場の工芸科に入所した。もう43年前の話である。そこは陶芸家の養成コースで数多くの陶芸家を輩出している。当時、試験場の場長は故加藤幸兵衛先生だったが、孝造さん(当時は先生などと呼ばず、みんなそう呼んでいた)は工芸科の主任技師だった。

孝造さんには二年間陶芸のいろはを教わったが、お互い若かったので野球をやったりスキーに行ったり、生徒と先生の枠を超えて随分中身の濃い二年間を過ごさせてもらった。孝造さんの家にも遊びに行って奥さんにも随分お世話になった記憶がある。

それなのに、そんな付き合いをさせてもらいながら孝造さんとオレは交流がない。もう40年近く会っていない。オレは試験場を出てすぐアフリカに飛びだし、二年後に帰国してからも八王子、府中、清水とめまぐるしく居場所を変えたのも理由の一つかも知れない。あるいは、オレが多治見を出た後、孝造さんは荒川豊蔵先生に師淑してあれよあれよという間に大作家になってしまった。そんなことがあって師弟の絆を強めることが出来なかったのかもしれない。

いや、ホントの事を告白しよう。オレは若い時から生意気だった。納得できないことがあれば、いくら先生でも徹底して噛みついた。だから孝造さんとは何回も衝突した。不肖の弟子だった。今思えば些細なことだが、血気盛んな頃だったから怖いものなしでぶつかって行った。孝造さんにすればそんなオレが可愛くはなかったに違いない。

新聞を見れば、孝造さんは今年75歳になるという。美濃では既に同年輩の鈴木蔵さんが志野焼で人間国宝に指定されている。だからオレは孝造さんは人間国宝になれないかもしれないと思っていた。ところがこの度の指定は「瀬戸黒」だった。

内情は色々あるのかも知れない。文化功労章や、人間国宝は、多分に政治的経済的な動きがあるという人もいる。オレもそれを否定しない。

でもそんなことはどうでもいいや。オレの先生が目出度く人間国宝になったんだもの。素直に喜ぼう。どんなことがあるにせよ、人間国宝は亡くなった人も含めて今まで330人しかいない。その辺の大臣なんかよりはるかに狭い関門だ。

孝造さん、いや孝造先生、この度は本当におめでとうございます。弟子の末席を汚すものとして、心よりお祝い申し上げます。これから私は加藤孝造の名を汚さないように、自分の分際をわきまえ、陶芸界の片隅を粛々と淡々と、歩み続けます。

さあ、今日も一人静かに乾杯することにしよう。



  


2010年07月17日 Posted by 臥游山人 at 14:23Comments(0)交遊録

母性国家日本

60数年前に戦争で負けて、日本はきれいさっぱりと父性を捨て去ってしまった。自分で国を守るという父性をアメリカに委ね、日本は世界に名だたる母性国家になった。父性には当然武力が伴う。日本はその武力を悪と決め付けてしまったのだ。

世界で揉め事があっても決して表に立たない。銃後にお金や食料を持って馳せ参じ、痒いところにも手が届くような細かい気配りをして世界に貢献しようとしてきた。その結果、果たして日本は他国から尊敬されるような国になったのか?

円借款やODAなどで多額の出資をして世界の平和を願い、これだけ貢献し続けているにも関わらず、日本は世界からどんな評価を受けているのか?

オレは必要な喧嘩なら、そして自分が正しいと思うのなら徹底して喧嘩をするべきだと思っている。そしてどんな小さな喧嘩でも徹底して相手を叩きつぶすべきだと思っている。中途半端な決着をすると、大きな禍根を残してしまう。

唯、自分が勝つとは限らない。自分の思っていることが全て正しいとは限らない。喧嘩とはそんなもんだ。勝つ時もあれば負ける時もある。

問題はそれからだ。勝者は敗者に対して惻隠の情を持って遇する。決して奢り高ぶってはいけない。敗者は潔く自分の非を認め、これまでの自分の行いをを反省し、これからの生き方を再構築する。そして勝者を称え、心より畏敬の念を深める。しかし、決して卑屈になってはいけない。

果たして日本は卑屈な国家になっていないか?卑屈な国民になっていないか?似非人権派や似非フェミニストが蔓延し、そんな連中に世論をかき乱され、ただただ立ちすくんでいる国家、、、日本はそんな国になっていないか?

危険なことや面倒なことは人任せ、臭いものには蓋をして、決断をしなければいけないことは先送り。国民がこんな事だから、政治家は唯政治家でいることに汲々としているだけで、本気で国の為に身を捧げるような政治家が出てこない。あんなに悪しざまに言っていたくせに、一寸困るとアメリカ様、オザワ様、見栄も外聞もかなぐり捨ててすり寄っていく。だからいつまで経っても三流国家、三流政治家を脱却できない。

今の日本に一番必要なものは父性ではないのか?ちゃらちゃらしたネーチャンに好かれようと、草食系などと言われ、自らもちゃらちゃらしたニーチャンになり下がっている男どもを真っ向から叱りつける強い父性が求められているのではないのか?

オレは父性を喪失したことも気がつかないで、唯ヘラヘラ笑っている男どもが一番気になる。周囲に迎合せず、例え対立しても眉毛を吊り上げて自分の正しいと思うことを貫き通す、そんな父性の出現を待ちたい。ただし、強い父性の裏側は深い愛情に裏付けられているのは言うまでもない。




  


2010年07月17日 Posted by 臥游山人 at 00:02Comments(0)日々雑感

選挙とサッカー

参議院選挙も始まっているはずなのに全くと言っていいほど熱気が伝わって来ない。これは、今開催されているワールドサッカーも影響してるのかも知れないが、それにしても、「これでいいんかい??」と、少々心配になってくるね。

民主党内では現内閣に対して、オザワゾンビ派が難癖をつけて足を引っ張り始めているし、野党からは政策が余り見えてこなくてネガティブキャンペーンばかり聞こえてくる。そんな記事ばかり垂れ流すマスコミにも問題があるんだろうけど、もっと政治家は国民に響いてくる政策を積極的に訴えるべきだろう。

みんなの党も何か勘違いをし始めたようだ。民主もダメ、自民もダメと、浮動票が一時みんなの党に流れそうな局面になった時がある。それに意を強くしたのか、なんでもかんでもみんなの党の言うことが正しいと我田引水の強弁が目立ち始めた。これで、せっかく傾き始めた国民の気持ちがスーっと引き始めたのがオレでも感じ取れる。

一番情けないというか卑怯なのは自民党だね。何を言ってもブーメラン現象で自分たちに返ってくるのが怖いのか、大物政治家たちが一斉に口を閉ざしている。そして全て進次郎頼みだ。ついこの前受かったばかりのひよっこ政治家なのに、まるで自民党の貌とでもいいたげに何にでも顔をだしてくる。いくらオバちゃんたちがヒーヒーすり寄って来るからといって、これしか人材がいないのかい、自民党は!

オレは、ある意味自民党にとって今が一番のチャンスだと思うんだけどな~。奥でふんぞり返っている自民党の古狸連中が出てきて「日本をこんな形にしたのは今までの自民党政権です。これからは心を入れ替えて国民の皆様の為に働かせてもらいます」と、頭を下げて平身低頭国民に謝ればいいんだよ。

まっ、これが出来てれば野党に転落することはなかったんだろうけどね。政治家、官僚、財界、そしてマスコミも、全て既得権を守ることばかり考えている。だから政治というのは、いかに既得権益を切崩していくかという戦いと言えるのだろう。

それに比べるとサッカーを始めとするスポーツは清々しいね。いくら伝統があっても、いくら金を持っていても、弱ければ負ける。お互いに100%の力を出し合って戦う。試合が終わればノーサイド。その潔さに見る者は心打たれる。駒野と一緒になって涙し、駒野を抱きしめているチームメートの優しさに感動する。

昨日のブラジル対オランダ戦、ブラジルの技術力の高さに驚愕し、オランダの勇猛さに心躍った。今晩のアルゼンチン対ドイツ戦も楽しみだ。まだまだ当分睡眠不足が続くな~。

でも11日の投票日も絶対行くよ~~。まじめな国民だからね、オレって。




  


2010年07月03日 Posted by 臥游山人 at 15:12Comments(0)日々雑感