家康と山椒
天下統一を果たした徳川家康は、慶長12年に駿府城を築き、静岡に居住しながら大御所として采配を振るった。そんな中でも、家康は鷹狩りによく出かけたという。由比の北田というところに鷹狩りの為の御殿を築き、そこを拠点に近辺の野山を駆け巡ったらしい。
ある時、鷹狩りを終え、北田御殿に帰る道すがら、喉の渇きを覚え小さな庵に立ち寄った。ここが「西湖山林香寺」という臨済宗の寺だった。
住職が器に並々と冷水を入れ家康に差し出した。そこには何かの葉らしきものが浮いていた。口を近づけると何とも言えない爽やかな香りを覚え、家康は思わず住職に尋ねた。
「木の葉は何ぞや?」住職が言うには、「これは開山禅師が唐に渡った時、蜀という国の西湖というところより持ち帰った山椒というものでございます」
それを聞くと家康は喉を鳴らしながら美味そうに水を飲み干し、住職に言った。「これを毎年納めてもらおう」そう言い終わると、家康は何やら紙に書き記し住職に渡した。それは、寺領として近隣の土地を分け与えるということに加え、諸役免除の朱印状だったという。以来この山椒は「林香寺山椒」と呼ばれるようになった。
こんな物語が残っているのに、残念ながら清水ではこの話を知る人はほとんどいない。勿体ない話である。清水近海ではシラス漁が盛んである。そしてこの「林香寺山椒」。何か思いつかないだろうか?
そう!京都は鞍馬名産の「ちりめん山椒」だ。シラスが豊富にあり、それに山椒があれば、あの高価な「ちりめん山椒」が低価格で作れるんじゃないか?若しかしたら、清水の新名産にならないか?
そう思ったオレは、知り合いの食品会社や行政などに打診してみた。結果は全くの無反応だった。オレのような「バカ」の話に、面白いな~と、飛びつく「バカ」がいない。いい意味でも悪い意味でも、それが清水の市民性なんだな~。
そんなことはどうでもいいや。きくちゃんから頂くのは若芽だけではない。山椒の花の佃煮や、湯どおしした実もたっぷり貰う。それを冷凍しておいて、必要に応じて解凍し、煮物に入れたり、味噌漬けにしたり、、、色々な料理に入れて楽しんでいる。
若い時にはそんなに美味いとは思わなかったけど、歳をかさねるに連れ、山椒の持つ、風味、滋味というものが分かるようになってきた気がする。きっと皆さんもそうざんしょ??
ある時、鷹狩りを終え、北田御殿に帰る道すがら、喉の渇きを覚え小さな庵に立ち寄った。ここが「西湖山林香寺」という臨済宗の寺だった。
住職が器に並々と冷水を入れ家康に差し出した。そこには何かの葉らしきものが浮いていた。口を近づけると何とも言えない爽やかな香りを覚え、家康は思わず住職に尋ねた。
「木の葉は何ぞや?」住職が言うには、「これは開山禅師が唐に渡った時、蜀という国の西湖というところより持ち帰った山椒というものでございます」
それを聞くと家康は喉を鳴らしながら美味そうに水を飲み干し、住職に言った。「これを毎年納めてもらおう」そう言い終わると、家康は何やら紙に書き記し住職に渡した。それは、寺領として近隣の土地を分け与えるということに加え、諸役免除の朱印状だったという。以来この山椒は「林香寺山椒」と呼ばれるようになった。
こんな物語が残っているのに、残念ながら清水ではこの話を知る人はほとんどいない。勿体ない話である。清水近海ではシラス漁が盛んである。そしてこの「林香寺山椒」。何か思いつかないだろうか?
そう!京都は鞍馬名産の「ちりめん山椒」だ。シラスが豊富にあり、それに山椒があれば、あの高価な「ちりめん山椒」が低価格で作れるんじゃないか?若しかしたら、清水の新名産にならないか?
そう思ったオレは、知り合いの食品会社や行政などに打診してみた。結果は全くの無反応だった。オレのような「バカ」の話に、面白いな~と、飛びつく「バカ」がいない。いい意味でも悪い意味でも、それが清水の市民性なんだな~。
そんなことはどうでもいいや。きくちゃんから頂くのは若芽だけではない。山椒の花の佃煮や、湯どおしした実もたっぷり貰う。それを冷凍しておいて、必要に応じて解凍し、煮物に入れたり、味噌漬けにしたり、、、色々な料理に入れて楽しんでいる。
若い時にはそんなに美味いとは思わなかったけど、歳をかさねるに連れ、山椒の持つ、風味、滋味というものが分かるようになってきた気がする。きっと皆さんもそうざんしょ??
2012年05月09日 Posted by臥游山人 at 14:20 │Comments(0) │日々雑感
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