大善人

昨日Tちゃんがひょっこり姿を現した。Tちゃんは市内で食品会社を経営していて、歳はオレと同じ60歳。オレとはもう30年を超える付き合いになる。その間Tちゃんとは何でも話し合える、まるで兄弟のような仲だった。

この前のオレの展示会に顔を見せなかったので、どうしたのかな?と思っていた矢先のことだった。Tちゃんはいつものようににこやかに笑いながら、「展示会、行けなくてごめんね」とハワイのチョコレートを持ってきてくれた。

「三泊五日で娘に会いにハワイに行ってきたんだ」と嬉しそうに更に顔を緩めた。それを聞いてオレは咄嗟に「何やってんだよ、バカ!!」と言ってしまった。



Tちゃんは若くして父親を亡くし、母親と弟のために大黒柱としてガムシャラに働いてきた。弟を結婚させてから、晩婚ではあったが自分も良縁に恵まれ所帯を持つことが出来た。そして待望の女の子が生まれ、さあこれから自分の幸せをという時にTちゃんに不幸が訪れた。

子供が喘息の発作から高熱を出し、それが元で耳が聞こえなくなってしまったのだ。あんなに明るかったTちゃんから笑顔が消えた。それからというものTちゃんは自分の楽しみを封印し、娘のために、家庭のために、会社のために自分の人生を全て傾注することになった。

Tちゃんの偉いところは泣き言を言わないことだ。人の悪口も言わない。ここが決定的にオレと違うところで、オレがTちゃんだったらきっとあっちこっちで愚痴を言い、自分の不幸を他人のせいにしてるんだろうな。

でも世の中捨てたものでない。娘が立派に育ってくれた。自分のハンディをものともせずに逞しく育ち、ハワイに留学も果たした。当然Tちゃんは心配してオレに相談に来たけど、「娘を信じて娘のやりたいようにやらせろよ」とオレは敢えてつっ放した。

そのハワイで彼女にアメリカ人の彼氏が出来た。彼の両親がやはり耳が不自由で、全く違和感なく迎えてくれたらしい。めでたし、めでたし、で終わる、、、はずだった・・・。

Tちゃんが入院してるらしい、とある人が教えてくれた。誰にも内緒で手術を受けたらしい。暫くしてTちゃんが我が家に顔を出した。体も痩せて声も小さく、いっきに老けてしまったような気がする。

「心臓が普通の人の三割くらいしか機能しないらしいんだよ」自嘲を浮かべて症状を説明してくれたが、医者から「何時心臓が止まっても不思議ではない」とも言われてるそうだ。

本当は車の運転だっていけないはずだし、ましてや飛行機に乗るなんて・・・

だからオレの口から「何やってんだよ、バカ!!」という言葉が出てしまったのだ。

話を聞けば、めでたく妊娠し、子供が生まれる前に娘が日本に一回里帰りしたいと言ったらしい。それを聞いたTちゃんはインフルエンザなどを心配し、「それなら俺が行く」と安い航空券を探してハワイに飛んだのだそうだ。

Tちゃんは命を懸けたのだ。死んでもいいという思いで娘に会いに行ったに違いない。聞けば三日間娘と同じ部屋に寝て、一切観光もしなかったらしい。ハワイに行ったのにワイキキも見てないという。

「お前、親バカじゃなくてバカ親だぞ。お前さんに何かあったら娘が悲しい思いをするんだぞ」オレは憎まれ口を叩きながら、無事に帰ってこれたTちゃんの嬉しそうな笑顔を眺めていた・・・。







2009年11月25日 Posted by臥游山人 at 17:27 │Comments(0)

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